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長野滞在•強行遂行!




二泊三日で長野に行ってきました。
弟に会いにです。(ついでに母とも長野で現地集合。)
初めて早朝バスで長野まで行きました。
そして初めて弟の家まで長野駅からバスでたどり着けました。


弟の家に押しかけて、ほぼその家に引きこもり、または家周辺で
過ごすという、ここ何年で最も気ままでノープランの3日間。
(弟からしたら勝手に居座られて大迷惑でしょうが。)







…といっても弟は土日は毎週恒例のスノボに出掛けていたので
ほぼ会っていませんが。留守中を勝手に居座る、という酷い図(笑)



でも飲食店も温泉もコンビニすぐ目の前にあるというこの絶好のシチュエーション。
最高だわ!!ふらっとタオルと着替えもって歩けば徒歩3分で
源泉掛け流しの天然温泉。


弟の家は絶好の姉貴の居座り場(笑)




ここ毎日本当にバタバタバタバタバタバタバタバターーーとしていたので、
隠居生活、したかったんです。最高でした。
…といっても、来週からの準備やらで書類を書いたり段取りを練ったり、
長野でもついつい頭の中がグルグル回ってましたけどね。


郵便をコンビニで送ったものの、同封しなきゃいけない大切な書類を忘れてて
しかも急ぎで欲しかった書類の申請書だったため、
郵便屋さんが集荷にきて、ポストの鍵を開けるまで2時間コンビニで立ち読みして
待ってたりとか(^^;;

コンビニの店員さんも
待っててもらってごめんなさいねー(^^;;
いつもはもっと早く来るんだけどなぁー。なんて心配してくれちゃって。。
申し訳なかったです。



それにしても今年度は長野に初夏、初秋、冬と来ることができましたが、
外はもう真っ白な冬景色。

春夏秋冬、四季折々の自然の美しさをのんびり堪能できて嬉しかったです。




長野の冬は都会より空気が気持ちよくて好きだなぁ(≧∇≦)







長野で
NHKのど自慢大会を観ていたら、ずっとお世話になっていた方が毎度のごとく演奏で出ていて
嬉しくなっちゃった(≧∇≦)思わずご本人にメールしちゃいましたー。



さて!帰ったらまた怒涛の日々だ!!!
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北アルプスの山々※弟からの写真※



今年から登山を始めた長野在住の弟から
素晴らしい景色の画像が届きましたので皆様にもおすそわけ~✴︎✴︎







私も初夏にトレッキングした八方池を更に超えて行くとこんな景色に巡り合うそうです。
今回行ったのは唐松岳に五竜岳。
五竜岳は高山植物園で私も7月にふもとに行きました。
弟は山荘に泊まり、びっくりするぐらいの星空やご来光を拝むそう!!
今は紅葉の素晴らしさに息を飲むような日々だそうです。










姉としては、こんなにちびっ子だと思っていたのに。。。(笑)






冬は毎週ボード、夏は登山と、
すっかり長野を満喫する弟くんでした♪


羨ましいーー!
私も登山。。。したいなぁ。




軽井沢よ 永遠に~教会巡礼の醍醐味~

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あなたが産声をあげた時
ただ泣くことしかできなくとも、
何も持っていなくとも、
存在そのままで価値がありました

なのに人はいつからか、
誰かと比べたり、誰かを羨んだり
満たされない何かを感じ始めます。
毎朝鏡の前で、ありのままの自分と
向き合っているのに、
気付けば人の物差しで
自分をはかってしまう。

あなたの価値は、あなた自身。
産声をあげたあの時から変わらずに
ずっと輝き続けています。
だから素直に
自分の強さも、弱さも、
受け入れてみてください。
ありのままでいられるところに
本当の幸せはあるのです







゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:

軽井沢高原教会で見つけた、素敵な言葉!!





私もこれと全く同じことを思ってます。
同じだったから、思わず嬉しくなって、心にぽっと火が灯ったようだった♪

弟たちのことでモヤモヤしていた数年前、
宇治で寺ごもりみたいなことをしていたら、突然、
赤ちゃんの時の弟たちの姿が思い浮かんで、
ただその場にいて泣いたり笑ったりしてるだけで私はすごく嬉しかったのを思い出して、

なぁんだ。あの2人はあの頃のまま変わらないんだ!!
私や周りが色んなもの着膨れさせてやつらを誤解してたんだ、
あんなにただ存在してるだけで嬉しくてたまらない、そんな存在なのに、って


突然そんな声が聞こえた気がして、
嬉しくて嬉しくて妙に泣けた。


それ以来、とても大切にしている思い。

ずっと自分の中にしまっていたものだったのに、
ここに言葉にして残してくれている場所があった。
それがこの軽井沢高原教会。



ここは、あの石の教会(以前のブログ参照!)と同じ敷地内にあります。
今ではブレストンコートホテルの敷地内ですね。




ここも内村鑑三ゆかりの無教会思想の教会で、
軽井沢の中でもとても有名なところです。
石の教会に対して、ここはあたたかな木の温もり。


日曜礼拝のときは参列者も賛美歌の聖歌隊に参加できるそうです。


参加してみたかったーーーー!!!


軽井沢は教会巡礼もとても見応えがあります。


この軽井沢高原教会や石の教会しかり
(軽井沢高原教会は昼間に訪れたら結婚式の最中だったため、前述した見晴台に行ったあとに
夜に再び訪れた。)




本当に、至る所に教会があるのです。


聖パウロカトリック教会もチャーチストリートのすぐそばにあります。






(軽井沢本通りのすぐ裏。)


前日した軽井沢別荘発祥のショー氏による『日本聖公会』も今でも健在ですしね。
祈りの聖なる念派が至る所に広がっている神聖な地なんですね。





だからこんなに清らかな雰囲気なんでしょうか。




軽井沢高原教会で、今回の軽井沢の旅は終わり。




木々のざわめきや小鳥のさえずり、水の流れに、
アートや教会の祈り、スポーツアクティビティ。



人々がここに集まる意味が分かった日々でした。




軽井沢で過ごした4泊5日。いろんな感性が揺さぶられた時間でした。
感覚がすっきりと研ぎ澄まされて。。。たまらなく素敵な日々だったなぁ。
軽井沢に魅せられました。





私もまたぜひ来たいです!!






軽井沢紀行、おしまーい。






軽井沢よ 永遠に~ジョンレノンを巡る旅ラスト•見晴台や別荘など~



ミュージアムで楽しんだ後は、
旧碓氷峠の見晴台へ!



BGM
『Free As A Bird』



ここは万平ホテルのすぐそばの山道をずっと登っていくとあります。
私たちが行ったのは3時過ぎとか3時半ごろだったので、もう既に視界が曇り気味でしたが、
それでも山々の稜線がすばらしい!!



期待していた以上に見晴らしがよくて驚きました。(まさにその名の通り!!)







ここはジョンレノンたちも訪れていた場所。写真も残っています。
(オノヨーコさんのお母様も一緒に。)ジョンが寝転んでいたベンチで
私もマネして寝転んでみたり
写真に写っているお母様の座っていたであろうベンチに座ってみたりしました。
しかも写真でも分かるように、ジョン一家の服装や風貌から分かることから、
一度のみならず何度か訪れているようです。

奥さんのオノヨーコさんにカメラを向ける姿は世界的アーティストではなく、
1人のファミリーのパパの顔ですね。素敵です。

こんなにどこにでもあるようなごく普通の身近な幸せが、ジョンの銃殺によって絶たれてしまうなんて。この写真たちからはそんな悲劇が後々に待っていることなど微塵も感じられません。

だからこそ、胸を打たれるのです。









※見晴台にすぐそばのお蕎麦屋さんにて。




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『Free As A Bird』


鳥のように自由になること
それは2番目に幸せなこと
鳥のように自由に。。。

目的を遂げて、早く家に帰りたい
巣に戻って行く鳥のように私は飛びたいのだ
両の翼で鳥のように

いったいどうしたというのだ
かつて我々のものであった日々は
お互いが離ればなれになっても暮らして行けるのだろうか
大切に思えたあの感触は
どこで見失ったのだろう
私の感性をそうしていつも豊かにしてくれたのに



゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.: ゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:



『Free As A Bird』ジョン デモバージョン


この曲は1977年 ジョンのハウスハズバンド(イクメン•主夫)時代、音楽活動を中止して
家庭に専念していたときに作られていたものだそうです。
ちょうど軽井沢に毎年のように通っていた当時ですね。この写真の頃に密かに作られ、
発表せずにいたものなのでしょう。

1980年にジョンが銃殺され、
そして1995年に奥さんのオノヨーコがポールマッカートニーやリンゴスター、ジョージハリスンに
ジョンの死後もずっと保管していたこのデモテープを託します。

そこには当の昔に亡くなったはずのジョンの生命が吹き込まれた歌が入っていました。


そしてジョンの死後15年経ってポール、ジョージ、リンゴが集結し、
このジョンの歌を蘇らせて(歌声もジョンのデモテープのまま)実質『新曲』として
世の中にリリースしたのがこの『フリー•アズ•ア•バード』それからあとから紹介する
『リアルラブ』の二曲です。
私もこの二曲の特集を組んだ『ビートルズ•アンソロジー』を何度も観ましたが、

この2曲を聴くと涙が出てしまいます。
ジョン、なんで死ななければいけなかったんだろう。と。

ジョンの頼りなげでか細い声。だけど何の欲や野望もなく、ビジネスのためではなく
ただ純粋に歌いたいであろう気持ちで、まるで鼻歌のように何気なく歌っている。

ややハスキーな声に聞こえるけれど、
昔のような不安定な波動ではなく、満ち足りている声に聞こえる。
幸せで穏やかな日々。
精神的に尖っていたものがとれていたんでしょうね。


ジョンは両親の愛を知らずに孤独な少年時代を過ごし
1度目の結婚でも満たされることはなく、
ビートルズ時代に金や名声、ありとあらゆる成功を手に入れても
何もないことを知ったと言っている。
でもそこで感性豊かで自分にないものを持っているオノヨーコとの出会いで
どんどんとのめり込んでいき、本当の愛を知った。


それでも1974年に(この曲が作られる前で軽井沢に通い始める前ですね。)ジョンとヨーコは
うまくいかなくなり、ジョンはヨーコに追い出される形でニューヨークからロサンゼルスに
移り住まされ、1年ほどの別居生活を送っています。
いわゆるジョンの『失われた時代』ですが、ロサンゼルスでジョンは寂しさから
それはもう自堕落で自暴自棄でハチャメチャな生活を送っていたといいます。
ヨーコに家に帰りたいと告げても答えはNo! リンゴスターをはじめ、数々の著名なミュージシャンたちとセッションセッションセッションセッション…!!の日々ですが、
酒に薬に荒れ狂い、酔っ払ってそこら中で喧嘩をしまくり、ヨーコ自身から
中国人のメイドを愛人にあてがわれ。。。(ヨーコの放つ愛!?よくわからん。)

とにかく酷かったそうです。
その後、別居は解消され、2人の間に子供が生まれ、ジョンは一回目の結婚や子育ては
うまくいかなかったけれど、色んな経験をして1番大切なものがわかったのでしょうね。

ジョンは家族との時間を大切にしたい、ということで
ヨーコにビジネスを任せて、自分は音楽活動をその後5年間も休止して、
家事育児に専念したわけです。

この曲はその最も幸せで穏やかだったハウスハズバンド時代に、
解き放たれた鳥のように自由になった挙げ句の果てに
そして自堕落と孤独に陥ったロサンゼルスの当時のことを、
まるで悟りを開いたような境地から、過去を振り返って書いたのではないかと思うのです。


軽井沢時代を知る人は誰もがジョンの非常に穏やかで優しい性格だといいます。
ビートルズ時代からエキセントリックなエピソードばかりだったジョンなのに。
そして聞くのは穏やかで平和で、幸せそうだった様子ばかりです。

きっと心の奥底から、幸せだったのでしょうね。
そう信じています。







見晴台は長野県と群馬県の県境にあります。
県境のマークをはっけーん!!
こっちから群馬ね!ここまで長野ね!!なーんてふざけて遊んでました♪




見晴台から降りてきてそのふもと。
旧碓氷峠には、軽井沢が夏の避暑地の別荘地帯の発祥となったオリジナルの別荘
『ショーハウス』がありました。
宣教師のショー氏が1886年に家族とともに宣教がてら、避暑地としてこの別荘を建てたのが始まりだったそうです。
著名人の軽井沢の別荘の写真もありました。川端康成なんかの別荘もあったそうです。


今では有名人もたくさん別荘をもってますよね。
ビル•ゲイツも軽井沢に豪邸を建てているとか建て終わったとかだそうです!!






宣教師のショー氏が別荘の敷地内に建てたという礼拝堂。そんなわけで歴史は古い教会です。
今でも礼拝に使われているそうです。林の中の教会、とても素敵!!





別荘といえば、最後の見納めにまたしても万平ホテル経由にて
オノヨーコさんの家の別荘を観てきました。



私はジョンのファンであると同時に、オノヨーコさんのアーティストとしてのファンでもあります。



昔は苦手だったんですけどね。。。不思議な魅力を感じずにはいられない。
そして、またしてもジョンの死後、オノヨーコさんがビートルズ元メンバーに託された
デモテープによって蘇ったジョン作詞作曲のこの曲を聴きながら、

当時ジョンがきっと身を以て体感していたであろう『真実の愛』なるものを
この最も幸せだった軽井沢時代に想いを馳せたいと思いました。
こちらも涙を誘うような、甘酸っぱくも美しい愛の歌です。

涙が出てしまうのは、きっとジョンがこの世にいないからでしょう。
そんなことがこれらの写真や声からは全く感じられないのだもの。





『Real Love』ジョンのデモバージョン





゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:

REAL LOVE


私のささやかな計画や企みは
忘れ去られた夢のように消え
私が今までしてきたことのすべては
君を待ち続けることだったようだ

幼き少年少女のようにただ
ちっぽけなおもちゃで戯れる
彼らが今までしてきたことのすべては
愛を探すことだったようだ

ひとりぼっちではない
孤独なんかではない
本当の愛
本当の、そう、本当の愛
これが真実なのだ

今この瞬間からまさに
どこで自分の人生が始まるかが分かる
私が今までしてきたことのすべては
本当の愛を待ち続けることだったようだ

私は以前も愛に包まれていたが
心の中ではもっと愛を求めていた
私が今までしてきたことのすべては
君を待ち続けることだったようだ

恐れることはない
怖がることなんてない
本当の愛
本当の、そう、本当の愛
これが真実なのだ



゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:





















軽井沢よ 永遠に~今日の午前は古城なる小諸のほとり~



4日目の午前中は軽井沢の郊外に足を伸ばして

小諸へ行ってきました。





小諸•懐古園





軽井沢から車で30~40分ほど。雰囲気は爽やかな避暑地から一転して
一気に古風な城下町へ。







小諸へは18年前に家族と祖父母と来たことがあります。この懐古園も2度目。

祖父がずっと昔に(40年近く前かな?)ここで単身赴任していたことがあるからと、

うちの親が18年前に連れてきてあげたのです。



全くよく分からなかったけれど(子供でしたし。)島崎藤村ゆかりの地であるということは
よくわかりました。うちの弟達なんて小さかったので、もっと分からなかったでしょう。
小学校教師30年で、私が物心がついたときもまだ現役だった祖母に色々教えてもらいながら
この地を巡った思い出です。

かの有名な藤村の『古城なる小諸のほとり』は18年前にこの地で知りました。




まさかもう2度と来るとは思っていなかったのに、また来ることになるとは。









島崎藤村記念館。





『千曲川旅情の詩』より【古城なる小諸のほとり】







入るつもり全くなかったけど、ふと入ってみて本当によかった。
藤村さんの作品、これと日本歌曲の『椰子の実』しか知らなかったけど、
この人がどれだけ素敵な言葉を使い
素敵な思考を言葉でもって世の中に生み出していたひとなのか、よく分かったから。
感動さえおぼえるほどだった。







たとえば。









『誰でもが太陽で有りえる。私たちの急務はただただ眼の前の太陽を
追いかけることではなくて 自分らの内部に高く太陽を掲げることだ』


『生命は力なり 力は声なり 新しき言葉はすなわち新しき生命なり』


『ユウモアのない1日は、極めて寂しい1日である』


『もっと自分を新鮮に そして簡素にすることはないか』


『弱いのが決して恥ではない その弱さに徹し得ないのが恥だ』


『心を起こそうと思えばまず身を起こせ』


『血につながるふるさと 心につながるふるさと 言葉につながるふるさと』


『さいしょ自分は今日に行き詰まっているばかりでなく、出発そのものから行き詰まっていた
でも、歩いて出るたびに道が開けた 地に触れるたびに活き返った』


『この世を辞するときはできるだけしずかに辞したい そのときはあらゆるものを感謝していきたい
死もまた感謝したい』





などなど。



言葉がその人自身を形作ると思ってます。
藤村さんはこんなに何事にも前向きで強い方だったのですね。
心が太陽のような明るい方向へ向いている。そしてユーモアもあったらしい。


藤村さんは最期の言葉が『涼しい風だね』
だったのだそう。
簡素が永遠のテーマだった彼にとって、これ以上ない言葉じゃないでしょうか。





そう思うと、最期の言葉って大切ですよね。
どんな言葉を発して、肉体を離れるのだろう。
最上級に感動的か最上級に笑える言葉がいいな。
そのために今を生き抜いてるのかもしれないですね。




綺麗な言葉、力のある言葉に出会うととても嬉しい!!
途端に島崎藤村さんも大好きになる!!











昭和55年までここで草笛を吹くことで有名だった名物•草笛おじさん!?
母も祖父も何度も実際に見たと言っていました。
今ではこの装置のボタンを押すと、当時の草笛の音があたり一帯に響き渡ります。
曲は『古城なる小諸のほとり』。

柔らかくてかすれた音が、なぜか私にまで懐かしさを呼び起こしました。








18年前にここの屋根付近にメッセージを書いた覚えがあります。(良い子はマネをしてはいけません!!)
何を書いたか覚えていませんが、確かめようと思ったところ、
すべて新しく綺麗に塗り替えられており、なくなっていました。この石も覚えてる!!



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小諸なる古城のほとり

雲白く遊子(ゆうし)悲しむ

緑なすはこべは萌えず

若草も籍(し)くによしなし

しろがねの衾(ふすま)の岡辺(おかべ)

日に溶けて淡雪流る



あたゝかき光はあれど

野に満つる香(かおり)も知らず

浅くのみ春は霞みて

麦の色わずかに青し

旅人の群はいくつか

畠中の道を急ぎぬ



暮行けば浅間も見えず

歌哀し佐久の草笛(歌哀し)

千曲川いざよう波の

岸近き宿にのぼりつ

濁(にご)り酒濁れる飲みて

草枕しばし慰む



島崎藤村

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日本歌曲『古城なる小諸のほとり』


歌にもなっています。




18年前にも見かけた寅さんミュージアムです。あのときも入らなかったけど。
閉館になったんですね。入ってみたかった。あのときは渥美清さんが亡くなって半年。
テレビで『男はつらいよ』の特集をしまくってたので、私でも嫌でも知っていた。懐かしい。






ミュージアムをみた!




何年ぶりだろう!?記憶にないぐらい久しぶりにカエルを発見したり





非常に寂れた感じの動物園を通ったり



18年前、
しょぼーい!!もっとすごいジェットコースター乗りたいのにーーー!!と
ジェットコースター狂の私は不満爆発させながらも、
弟2人達は無邪気に遊んでいたり。懐かしいなぁ。

昭和の香りがぷんぷんする。


軽井沢から遠く離れてないのに、一歩足を運べばこんな世界が広がってる。
まさに栄枯盛衰のことはりをあらわす!?
でも風情があって、明治、大正、昭和の文豪達が好むのもわかります。
ここは完全に平成ではありませんでした。

桜や紅葉の季節もまた渋い風情を醸し出しているのでしょう。





お昼ご飯は有名なお蕎麦屋さん『草笛』にて。
うちの母も何度か通っているというこのお店。
クルミだれたーっぷりの『くるみそば』が名物です。



甘くてこうばしーいくるみがたまらない!!!(≧∇≦)
とっても美味しかったです。
くるみ大好きだったのでめいっぱい食べました。



そうして再び、軽井沢へと向かうのでした。。。



道中、浅間山がとってもとっても綺麗でした。



つづく♪