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当ブログ更新情報②


引き続き、当ブログ更新情報です。



以下のリンクよりご覧くださいませ。
http://ameblo.jp/chatotone/?frm_id=v.jpameblo



2014年夏と初秋の信州紀行がメインとなっています。



⚪︎記事一覧⚪︎

2014年7月 白馬•安曇野など
『癒しの信州紀行~まずは長野市内~』

『癒しの信州紀行~早速翌朝白馬へ向かう~』

『癒しの信州紀行~露出高めの八方池トレッキング~』

『癒しの信州紀行~八方池をのぞむ~』

『癒しの信州紀行~栂池高原とみみずくの湯~

『癒しの信州紀行~ペンション春告鳥~』

『癒しの信州紀行~白馬岩岳高山植物園~』

『癒しの信州紀行~安曇野カフェ巡り~』



2014年9月 軽井沢
『軽井沢よ 永遠に~軽井沢プリンスホテル•石の教会~』

『軽井沢よ 永遠に~ジョンレノンゆかりの万平ホテル~』

『軽井沢よ永遠に~今日の午前は古城なる小諸のほとり~』

『軽井沢よ永遠に~モダンアートめぐり~』

『軽井沢よ永遠に~モダンアート再び~』

『軽井沢よ永遠に~ジョンレノンを巡る旅ラスト•見晴台•別荘など~』

『軽井沢よ永遠に~教会巡礼の醍醐味~』

『軽井沢よ永遠に~500円で泊まる~』




~もともと公開済みだったものもおまけ~
『軽井沢よ永遠に~ジョンレノンのカフェ離山房とブルーベリージュース~』

『軽井沢よ永遠に~フランスベーカリー•浅間山•鬼押出し園~』




~その他~

『北アルプスの山々※弟からの写真※』

『長野滞在•強行遂行!』


どうぞ上記リンクよりご覧くださいませ!


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[ 2015/05/16 14:57 ] コラム | TB(0) | CM(0)

ブログ更新情報①

当ブログの更新情報です!



詳しくは以下のURLからリンクに行けます。
http://ameblo.jp/chatotone/entry-12021259417.html



2014年•秋当時のブログです。


よろしくお願いいたします。




記事一覧


京都旅行
『そうだ!京都へ行こう!第一回目~フランク・ミュラーの展示会~』

『そうだ京都へ行こう!第2回目~宇治の秋~』

『そうだ京都へ行こう!第3回目~今宮神社のあぶりもち•高台寺~

『そうだ京都へ行こう!第4回目~清水寺・毘沙門堂の紅葉~

『そうだ京都へ行こう!第5回目~毘沙門堂・今宮神社再び~


わが故郷・横浜
『ランドマークタワー・昼♪』
『ランドマークタワー・夜♪』
『ランドマークタワー・朝♪』

アート
『横浜トリエンナーレ2014』




[ 2015/05/16 14:12 ] コラム | TB(0) | CM(0)

今思うこと。

最近、悲惨なニュースが世界に衝撃を与え、
私も悲しみと不安に押しつぶされそうになっていました。



まったく他人事じゃないなぁと。
同じ日本人として、強く思います。



正義感が報われない世の中なんてくそくらえ。
こんなに理不尽なことがあっていいのか。
一体何を信じていたら正しくて、
何が正義で、
どうやって過ごしていれば素晴らしいのか、
何をどう想えばいいのかも、分からない。


善悪とか
正しいとか正しくないとか、
そんなところに答えを追い求めていても、
何も見つからないのは頭ではわかっているつもりのに。


ただ理不尽で悲しくて悔しい。



でも世界がこのように動いていくことを
人のせいや政府のせいにするのもなんか違う。


世界の中で日本人として
一個人として
どう考え、どうあるべきか


すごく考えさせられました。


誰かや何かのために
それが正しい
それが良きこと

そう思って行動しても、
それが通じず、報われない相手がいるってことも改めて知った。



だったら、


今があることに感謝。



ただひたすらそれしかない。



平和であること
今を生きていること
やりたいことができること
夢を追えること


それはつい先日まで
当たり前のように感じていたけれど、
実は当たり前のことではなかったんだと
改めて感じる日々です。



健康に、平和に、元気に、
1日1日を大切に積み重ねていけるって
すごいな。

自分だって、
いつどこでどのようになるか分からない。

だからこそ、
今を大切にしなくちゃね。


ネガティブになってる時間がもったいない。

ポジティブに生きていきたくても、
それをさせてもらえない人
もらえなくて道を断絶させられてしまった人もこの世界にはいる。


憎悪のループにハマってはダメだ。
憎しみからは憎しみしか生まれない。



そんなことをふと思ったので、
思わずここに書いてしまいました。


同じ人間として、日本人として、
対岸の火事、ではなく、
犠牲になった方々の心境に想いを寄せ、
その周りの方々の苦しみや悲しみに想いを馳せたいと思います。




そして私は私で、
不安に押しつぶされずに
ポジティブに明るく前を向く!!!

一方的で大げさな情報には惑わされずに、しっかりと自分を持っていこう。


でも、
慎重に。
忠実に。
着実に。



そして犠牲になった方々のご冥福を心からお祈り申し上げます。





‥ブログ再開だーーーー!!!


次回以降は
肩肘張らずに気楽にいきますゾ。







聖美

[ 2015/02/03 10:04 ] コラム | TB(0) | CM(0)

心を開いて


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毎年この日になると、

必ず決まって思い出すのは







今日は、旧知の友人の命日だということ。










あの日受けたあの衝撃は、いつまでも私の心の中で大きな黒い塊となって沈殿し、
消え去ることはありませんでした。

何年間も、生々しく、生臭く、鮮明な色味を帯びて、私の心の中で生きていた事実のように思います。






しかし、
毎年毎年、この日が来るたびに思い出し続け、
そしてそれを繰り返していくうちに、


あの当時の、鈍器で思い切り殴られたかのような生々しいショックは次第に色褪せ、
あの子との思い出も、どんどん苦しく辛い思い出から、
綺麗な記憶へと変わったりしながら、

もう、記憶の中でしか会うことのできない、
あの子と私との距離は、時の流れと共に、どんどんどんどん遠のいていきました。


それでも、毎年この日は思い出してしまいます。



それを毎年続けて、
気付けばあれから、17回目の今日を迎えました。










もう17回だなんて。。。

恐ろしい。。。。。

私達ももう、立派な大人になっちゃったんだなァ。







あの知らせを聞いた日、
まさに、鈍器で頭を殴られたような痛みで、気がおかしくなったのか、
呆然となり、一瞬笑いそうにすらなった私。
あまりにも現実味が沸かなくて、事実を理解できなくて、
この気持ちをどう処理したら良いのか、分かりませんでした。
だって、つい2日前まで元気に遊んでいたのを、見かけているんですもの。
(三日前には一緒に学校に向かったし。)


授業なんて聞く気になれなくて、
とにかく、すべての世界をシャットダウンしたいと思いました。


心臓がちぎれそうなぐらい痛くて、痺れたみたいにじんじんしたのを覚えています。
頭が痛くて、何の会話も頭に入らなくて、
何も考えることができませんでした。
普段の友達との楽しい悪ふざけすらも、出来なかった。
してはいけないような気がしていました。



衣替えシーズンの6月。
まるでお葬式みたいだったカラスのような黒い制服から、
おろしたての真っ白な半そでのシャツへとみんなが様変わりした直後のあの時期。



その翌日、
違うクラスだった私ですが、同じマンションに住んでいた友達だということで、
特別に葬儀の参加を許された私。

今でもハッキリ覚えていますが、
宮沢賢治の『オツベルと象』を授業でやったあとに
特別に早退を許されて、
葬儀に向かうべく、
他のクラスの子と一緒に、一足先にランチルームで昼食を食べていました。



六月に入って間もないというのに、
前日の曇天とは打って変わって、
まるで7月の初夏のように眩しかったその日。
心はまったく晴れることはなかったけれど、
聞きたくもない学校の校内放送から、流れてきたのは
当時ヒットしていたこの曲。



この曲が爆音で流れて、

そのときの私の心に痛烈にとどまったのを、
今でもよく覚えています。










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ZARD『心を開いて』

http://youtu.be/WJUqSbxTqac ←動画はこちらをクリック!










このまま ずっと 忘れたくない

現在(いま)が思い出に変わっても







言葉はないけど きっと あなたも

同じ気持ちでいるよね…





My Dream Your smile
忘れようとすればするほど 好きになる



それが誤解や錯覚でも
心を開いて


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告別式の帰り道、
私たちは言葉もなく、ただただ泣きながら学校へ戻りました。
しばらく泣き続けた後、
友達がようやく
『またいつか、会えるよね??』と

重い口を開きました。



私は、うん、そうだね、と頷きました。




あれから17年。



あの頃の私たちはまるでこの世界は漫画のように、
物事はミラクルな展開をするのではないかと信じていたかもしれません。


けれど、やはり、どんなに望んでも

この世で死者と再会するという出来事なんて、当然のことながら起こることはありませんでした。


でも、あのときは本当にそんな気がしたし、
今でも、いつでも思い出せばすぐそこに彼女がいるような気がしているのです。




1996年6月3日は、私にとってそんな一日。
今でも、あの日の気温や天気、暑さをリアルに思い出せるかのようです。





きっとこれからもずっと、今日この日はこのことを思い出していくのでしょう。
記憶が薄れて、思い出に変わっていってしまっても、
せめて命日には思い出して手を合わせたい、と思っています。







…ところで。
この曲を歌っていらっしゃる歌手の方。

あの日あのとき、
透明感溢れる歌声で、
私とあの子の見えない距離を響かせてくれていた
ZARDの坂井泉水さんも、六年前の今頃ですね。
お亡くなりになったのは。










また、友人と似たような亡くなり方だったのもあって、
衝撃を隠せなかったのを覚えています。
これもまた、あまりにもショッキングなニュースでした。








そして一年前のこの時期、同じような出来事が、
再び私の身の回りで起こりました。



なんの因果であろう、と、去年は何度も考えました。
何度も何度も考えたし、考えたところで答えなんて出ませんでした。

どんなに生きてる私たちが悩んだところで、
やっぱりわらって前を向いて生きていくことしか出来ないんだな、と思いました。



もうあれから一年です。
あまりにも、あっという間です。
最後にあの子と会ったのが、ほんの数日前のことのよう。







わざと考えないようにしていたところもあります。
わざわざあの傷をえぐらないように、
わざと考えるのをやめていたような気がします。


それでも、節目節目にふと思い出していました。




この一年間、
あの子のために何も出来なかったけれど、
この時期が再び巡ってきたということもあって、
また、向き合っていこうと思いました。



毎年この時期に思い出す人が増えました。
だけど私は、あの子を思い出すとき、この世の苦しみから解放されて、
あちらでは安らかであるだろうと思えてならないのです。

そのことを心から感じながら、またこのたび、あの子に会いにいこうと思っています。



May you rest in peace.



iPhoneから送信



































[ 2013/06/03 19:09 ] コラム | TB(0) | CM(1)

一期一会

先日、私の大事な教え子の一人が、他界しました。




まだ16歳になったばかりの女の子で、



棺の中でも、いつも身につけていたお気に入りの制服を着て、


穏やかな顔をして眠っていました。




その前日には、
確かに元気がないなと気になっていたけれど、
帰り際には「復活したよ~!」と、きっとあのときの彼女のできた、最上級の笑顔と元気な声で喋りかけてくれました。



それが、
その翌日には二度と目を覚ますこともなく、二度と呼び掛けても返事をしてくれなくなるなんて、



そんなことが起こるなんて思いもしませんでした。



人の生死に直面した一週間。



どうすることもできなくて、
悔しさと歯がゆさを感じると共に、
彼女の棺に対面すると
死は破滅や終わりではなく、
魂の安らぎやその先の奥行きがあるような、不思議な感覚にも襲われました。


肉体から離れたところに、魂が漂っているんじゃないかと思えるような、
不思議な空気感。





生前、彼女は長く辛い闇の中を、一生懸命もがいて歩いてきたようです。



きっと私達が想像していた以上に
怖かったでしょうし
辛かったでしょうし
不安にも襲われて
きっと辛いこともたくさんあったでしょう。



それでも、
ずっと自分自身の何かと闘って、
いつかは克服し、
たくさんの人を感動させるボーカリストになりたいという夢をキラキラした表情で語ってくれた彼女の姿に、




私も高校時代の自分の若き姿を照らし合わせ、目を細めて眺めていたのでした。



出会って二ヶ月足らずだったけれど、




一度、お母様と本人と三人で、2時間以上に及ぶ本音(マジ)トークをしたこともあるし、
それが私にとっても何とも心地好く楽しい時間で、
彼女の気持ちにとても共感でき、
応援したくなった子でした。



最期の一週間は頻繁にお母様とも本人とも電話をしたり、
私にとっても、もっと近くに寄り添いたいな、と思える子だった。



もっと色んな景色があることを知っているのに、見せてあげられなかった。

もっと色んな感じ方があるのに、感じさせてあげられなかった。


もっと困っているとき、辛いときに命懸けで助けてあげればよかった。


もっと色んなことを一緒に乗り越えていきたかった。


もっと色んな喜びを共有したかった。


もっと寄り添いたかった。


私も悲しい辛い想いを、させてしまったかもしれない。



そんな想いが、堂々巡り。



これからだったのに
もっともっと今よりも良くなるはずだったのに
これで終わりになるわけじゃなかったのに



悔しさが残る。



「一期一会」
という言葉の重さ、尊大さを、彼女が教えてくれました。



明日があると思っているから、
命懸けに、真剣に、
人を大切にしようとしない。


明日やればいいやと思っているから、
今日をないがしろにする。



いつまでも、
明日があると思うな。
大事な人がいてくれると思うな。

だから、一生懸命ひとを大切にしなければ。



彼女が教えてくれたことを、
一生懸命実行しなければ意味がない。
何事にも面倒臭がりで、だだくさで、自分勝手で、
そんな私に教えてくれた、真剣に人と関わること。




ご遺族のお父様、お母様は娘さんに愛情たっぷりで本当に素晴らしい立派な方々で、そのお言葉に、
逆に私達の気持ちが救われてしまいました。



愛に飢えた可哀相な子供達を目の当たりにしている中で、
そんな愛情たっぷりのご家族の間に生まれ育ち、愛された彼女は、
本当に幸せだったと思います。



だから今頃きっと、
肉体を生きていかなくてはならない「生」の束縛から魂が解放されて、
本当の意味で自由になれた彼女は、


心穏やかに身健やかに、
優しげな光となって、
ご家族やみんなを照らしてくれているのでしょう。



私にはそう思えます。





よく頑張ったね。
お疲れ様。
そちらの世界では、
今まで自分を苦しめていた、心の縛りからより幸福に安らかになって、自由自在に天駆けている姿を、感じます。




しばらく、悲しみに沈んで喪に服していましたが、
彼女のことをずっと思い続けながら、
痛みも悲しみも受け入れて、
前向きに進んでいきたいと思います。



明日からまた一週間、北海道へ行きます。



6月の北海道は初めて。
お母様からお借りした、彼女の写真を一緒に連れて、

北海道の風を感じてこよう。


あの子も行きたがっていた北海道。
一緒に来てくれていると信じているから、
私も一生懸命に使命を全うします。
[ 2012/06/18 21:20 ] コラム | TB(0) | CM(0)