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心を開いて


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毎年この日になると、

必ず決まって思い出すのは







今日は、旧知の友人の命日だということ。










あの日受けたあの衝撃は、いつまでも私の心の中で大きな黒い塊となって沈殿し、
消え去ることはありませんでした。

何年間も、生々しく、生臭く、鮮明な色味を帯びて、私の心の中で生きていた事実のように思います。






しかし、
毎年毎年、この日が来るたびに思い出し続け、
そしてそれを繰り返していくうちに、


あの当時の、鈍器で思い切り殴られたかのような生々しいショックは次第に色褪せ、
あの子との思い出も、どんどん苦しく辛い思い出から、
綺麗な記憶へと変わったりしながら、

もう、記憶の中でしか会うことのできない、
あの子と私との距離は、時の流れと共に、どんどんどんどん遠のいていきました。


それでも、毎年この日は思い出してしまいます。



それを毎年続けて、
気付けばあれから、17回目の今日を迎えました。










もう17回だなんて。。。

恐ろしい。。。。。

私達ももう、立派な大人になっちゃったんだなァ。







あの知らせを聞いた日、
まさに、鈍器で頭を殴られたような痛みで、気がおかしくなったのか、
呆然となり、一瞬笑いそうにすらなった私。
あまりにも現実味が沸かなくて、事実を理解できなくて、
この気持ちをどう処理したら良いのか、分かりませんでした。
だって、つい2日前まで元気に遊んでいたのを、見かけているんですもの。
(三日前には一緒に学校に向かったし。)


授業なんて聞く気になれなくて、
とにかく、すべての世界をシャットダウンしたいと思いました。


心臓がちぎれそうなぐらい痛くて、痺れたみたいにじんじんしたのを覚えています。
頭が痛くて、何の会話も頭に入らなくて、
何も考えることができませんでした。
普段の友達との楽しい悪ふざけすらも、出来なかった。
してはいけないような気がしていました。



衣替えシーズンの6月。
まるでお葬式みたいだったカラスのような黒い制服から、
おろしたての真っ白な半そでのシャツへとみんなが様変わりした直後のあの時期。



その翌日、
違うクラスだった私ですが、同じマンションに住んでいた友達だということで、
特別に葬儀の参加を許された私。

今でもハッキリ覚えていますが、
宮沢賢治の『オツベルと象』を授業でやったあとに
特別に早退を許されて、
葬儀に向かうべく、
他のクラスの子と一緒に、一足先にランチルームで昼食を食べていました。



六月に入って間もないというのに、
前日の曇天とは打って変わって、
まるで7月の初夏のように眩しかったその日。
心はまったく晴れることはなかったけれど、
聞きたくもない学校の校内放送から、流れてきたのは
当時ヒットしていたこの曲。



この曲が爆音で流れて、

そのときの私の心に痛烈にとどまったのを、
今でもよく覚えています。










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ZARD『心を開いて』

http://youtu.be/WJUqSbxTqac ←動画はこちらをクリック!










このまま ずっと 忘れたくない

現在(いま)が思い出に変わっても







言葉はないけど きっと あなたも

同じ気持ちでいるよね…





My Dream Your smile
忘れようとすればするほど 好きになる



それが誤解や錯覚でも
心を開いて


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告別式の帰り道、
私たちは言葉もなく、ただただ泣きながら学校へ戻りました。
しばらく泣き続けた後、
友達がようやく
『またいつか、会えるよね??』と

重い口を開きました。



私は、うん、そうだね、と頷きました。




あれから17年。



あの頃の私たちはまるでこの世界は漫画のように、
物事はミラクルな展開をするのではないかと信じていたかもしれません。


けれど、やはり、どんなに望んでも

この世で死者と再会するという出来事なんて、当然のことながら起こることはありませんでした。


でも、あのときは本当にそんな気がしたし、
今でも、いつでも思い出せばすぐそこに彼女がいるような気がしているのです。




1996年6月3日は、私にとってそんな一日。
今でも、あの日の気温や天気、暑さをリアルに思い出せるかのようです。





きっとこれからもずっと、今日この日はこのことを思い出していくのでしょう。
記憶が薄れて、思い出に変わっていってしまっても、
せめて命日には思い出して手を合わせたい、と思っています。







…ところで。
この曲を歌っていらっしゃる歌手の方。

あの日あのとき、
透明感溢れる歌声で、
私とあの子の見えない距離を響かせてくれていた
ZARDの坂井泉水さんも、六年前の今頃ですね。
お亡くなりになったのは。










また、友人と似たような亡くなり方だったのもあって、
衝撃を隠せなかったのを覚えています。
これもまた、あまりにもショッキングなニュースでした。








そして一年前のこの時期、同じような出来事が、
再び私の身の回りで起こりました。



なんの因果であろう、と、去年は何度も考えました。
何度も何度も考えたし、考えたところで答えなんて出ませんでした。

どんなに生きてる私たちが悩んだところで、
やっぱりわらって前を向いて生きていくことしか出来ないんだな、と思いました。



もうあれから一年です。
あまりにも、あっという間です。
最後にあの子と会ったのが、ほんの数日前のことのよう。







わざと考えないようにしていたところもあります。
わざわざあの傷をえぐらないように、
わざと考えるのをやめていたような気がします。


それでも、節目節目にふと思い出していました。




この一年間、
あの子のために何も出来なかったけれど、
この時期が再び巡ってきたということもあって、
また、向き合っていこうと思いました。



毎年この時期に思い出す人が増えました。
だけど私は、あの子を思い出すとき、この世の苦しみから解放されて、
あちらでは安らかであるだろうと思えてならないのです。

そのことを心から感じながら、またこのたび、あの子に会いにいこうと思っています。



May you rest in peace.



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[ 2013/06/03 19:09 ] コラム | TB(0) | CM(1)

みのまわりで生と死について考えさせられる機会をいただいてるのは、人生の奥深さを感じるためなのか、と思います。

それぞれのひとがそれぞれの体験をしているわけだけど、死を目の前にした時はとてつもなく苦しくて、他の人ではなく自分にばかり何故…と思う時もあるけど、生命は生き通しだと深いところで感じたら、とても貴重で、またひとつ優しくなれるきっかけをもらったのかな、って自分のなかでポジティブに変えられるよね。
現に、毎年思い出すことで、その子はすごく喜んでると思うな〜。あなたみたいな友人がいて幸せだ〜って。

わたしも七月末は不思議なパワーを感じる時期です
今度父の23回忌があるんだけど
旦那も参加できそうだったり、生まれる前に法要するっていうわけで、しっかりと偲ぶ時間にしたいとあらためて思ったわ!

あ、そうそう、全然関係ないけど朝霞市は
本田美奈子の出身地で、駅前に記念碑があるよ〜。
[ 2013/06/15 02:16 ] [ 編集 ]

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