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函館・アートを感じる心の旅を





函館ハリストス正教会。(ロシア正教会)







函館カトリック元町教会。(カトリック)






聖ヨハネ教会。(プロテスタント)




この三つの宗派の違う教会が、ひとつの場所に所狭しと混在する函館•元町。
文化も建築も芸術も、それぞれがとても特徴的で、町全体が博物館の展示のようです(笑)
とっても面白い!


教義も誕生の仕方も歴史もそれぞれ違うから、
そこから生み出された文化も全く個性が異なっているけれど、
大元の根源はただ一つ!

私はそう思って全ての物事や、
時にはどんな宗教も見るようにしています。

時には世間を騒がせてしまうものもあるし、
排他的で、他を受け入れられない宗派もある。
それが原因で闘いや争いが絶えないこともある。

そういった価値観・感覚は、宗教だけではなく、
音楽や芸術、伝統芸能の流派などにも
同じことが言えますよね!?


音楽は私にとっても物心のついた頃からずっとそばにあった心の拠り所だし、
最近では、日舞や茶道をやっているからとてもよく分かるけれど、
もしかしたら宗教ととてもよく似ているものなのかもしれない?!

それぞれの宗派・流派が違うもののように見えても
(実際に信者の方々はそう思っていらっしゃるのかもしれないけれど)
もともとの出発点は同じなのにね。





たった一つだけの月を色んな人が色んな角度から見て、
色んなレンズをかけて、
色んな天気とか、薄雲の様子によって、
欠け方が違うんだということを知らずに、
これは違うものだ!
月とはこういうものだ!
こういう形こそ正解だ!!
と、口々に言い張るけれど、
無駄なものや余計なものを全て取っ払った先に真実があって、
その真実とは、たった一つの、
一寸もかけることのない、完全に円満の満月だということ。

ただ、あるときは雲がかかっていてよく見えないだけ。
ただ、あるひとは満月(ほんとの姿)を知らないだけ。
ただ、違う場所で見ているだけ。
みんな同じ、ただひとつ。


だからといって

雲がかかっている下弦の月だって、
上弦だって、半月だって、
どんな形でもそれぞれの美しさがある。

時には、新月のように見えて隠れてしまうこともある。
だけど、なくなったわけじゃなく、
そこには必ず存在している。




それを、
半月はダメだとか、
この欠け方はダメだとか、
曇りの日ばっかりで月なんてあるわけないじゃないかとか、
そういう意味のない闘いや争いよりも、
それぞれが綺麗だね、美しいね、
自由に形を変えられるからこそ、
より色んなものが生み出されるんだ、

と、言えた方が絶対にいいのにな。


というより、物事はたったそれだけの単純なもの。
なぜわざわざ難しくして、
他を受け入れないで、醜い争いを続けるのだろう??



元町にいると、
そんなことを考えてしまう。
だって、ほんとにそれぞれの美しさが、
これでもか!というぐらいに誇示をしていて、
素晴らしい街並みを作り上げているのだから。



どうだ!
それぞれが綺麗でしょ??
と、言わんばかりに、
色んな宗派や芸術、建築が、
平和に仲良くチャンポン状態。










函館ハリストス正教会は
ロシア正教会ならではの神秘的な平均美と?
中のフレスコ画がとても特徴的。


フレスコ画やロシア正教会の分裂の歴史は古く、
世界史でゲルマン人の大移動を勉強していたときにワクワクしながら聞いていたもの。
大昔の画法が今もそのまま使われ継がれているなんてとっっっても神聖!!



ロシア正教会がさかんな旧ソビエトやロシア、東欧などにはまだ足を運んだことがないので、
見てみたいと思っていたのです。
とても神秘を感じていたのでした。






そうして待ってましたの
ローマカトリックの教会!








こちらのゴシック様式は、
大好きなオーストリアのウィーンやザルツブルク、
イタリア、フランス、スペインなどでもお馴染み。


13~14世紀から頻繁になったという
ゴシック建築ならではのアーチ型の天井を見るたびに




ああこれこれ!
なんて思ってしまいます。
このアーチの天井のおかげで、西洋の歌は天井に声がまぁるく響くんだー。

本来の平屋の日本文化にはない西洋音楽も、
この建築だからこそ生み出されたのだと信じてやみません。


天まで届け!!とばかりに高く、丸く作られた天井に、
デコレーションケーキのような柱と装飾。
金細工や陶器などを繊細に施した彫刻は聖書の世界をリアルに描写し、
宗教画やステンドグラスが色鮮やかに美しく、しかし厳粛に
イエスキリストの重々しい受難を映し出す。


ここから私のこよなく愛する西洋芸術が生み出されたわけです。



そうして、ドイツ•プロテスタント。





ドイツで起こった宗教改革が、
プロテスタント誕生の瞬間。

ローマカトリックの豪華絢爛な在り方や華美な装飾すべてを否定することで起こった宗教なので、
外装も内装も至ってシンプルなもの。


十字架も、
ローマカトリックは中央にイエスキリストの受難の彫刻が施されていますが、
プロテスタントはシンプルなクロスだけ。


内装も極シンプルで、
厳かな絵画や彫刻はありません。
グリム童話に登場するような、ドイツの農村にポツンと立つ、町の教会っていう感じ。


素朴で牧歌的。まるでドイツ料理のようです(笑)


北ドイツの片田舎を旅していたとき、
こんな教会を何度も見かけました。
隣の国•オーストリアのウィーンやザルツブルクなどは厳かなカトリック教会がばばーんとそびえ立っているのに対し、電車でドイツに入ると急に街の雰囲気が牧歌的になるのがとても不思議でいて興味深かったのを思い出します。


函館でも、
建築を見ながら、いちいち確認してしまいました(笑)


だから文化の違いって面白い!!
それを間近で見られる函館は面白すぎる!!!
もっと言えばお寺や神社もすぐそばにありますからね。


シンガポールも教会とイスラムのモスクとヒンドゥーの寺院と仏教寺院が混在する都市でとても面白かったですが…。



ところで!
ハリストス正教会の前で素敵な絵を売る男性がいらっしゃいました。





八年間、この目の前で座っていらっしゃるそうです。
新聞で特集されたり(新聞記事が置いてありました。)テレビでも特集されたり、
ご自身のホームページもあるという、有名な方だそう。
このハリストス正教会にも絵を献上されて飾られているし、
病院や小学校など(なんと三重県まで!)にも絵を贈られていらっしゃるそうです。

とても繊細な線で描かれた、美しき函館の街並み。
心惹かれる色遣い。
思わず立ち止まって見てしまいました。


油絵は厚みを増して塗り込まれた陰影が美しく、
日本画は丁寧な繊細さと淡い色遣いがとても美しい。

うちは祖父が大胆な油絵を描き、
(祖母がそれを『おじいさんは駄々臭!(笑)』と言ってるけど(笑))
祖母が几帳面で丁寧で繊細な日本画を描くので、
祖父母の家には二人の個展のように、風景画が飾られまくってます。
私が旅行に行ったときの写真を渡して、これ描いて!と頼むと描いてくれるの。
それが当たり前の生活でした。
(ありがたいことに今も元気なので、続行中。)


それに、私は高校、大学時代はルーベンスやレンブラント、ブリューゲルやカナレットといった画家が好きだったのに対して、

最近はゴッホにシャガール、ピカソなどから、
マティスにロートレック、ミュシャ、といった、どちらかというと
感覚的な、チャラチャラした?絵画が好き。
岡本太郎とか草間弥生なんかの考えなくていい、ひたすらパワフルなエネルギーを持つものが好き。


ケイタイカバーもゴッホの夜のテラスだし、
ファイルやノートはマティスの切り絵Jazz!だし、ミュシャやリキテンシュタイン、ウォーホールなどの作品の文具もある。

部屋の壁には、ロートレックやマティスが飾ってあるし、
オキーフやジャクソンポロックのポストカードも飾っている。
でも、ラファエロやジョット、ボッチチェリなどの絵画だってとても好き。



…なのに、
この画家さんに、心が貧しいと散々なじられた。



理由は、『もっと心に栄養を!』という彼の言葉に感動した相棒は、私と一緒にここにきた思い出を彼の絵に託したいと千円で買ったのに対して、
私は買おうとしなかったから。
アジアなどの観光客は、豊かな暮らしではないのにも関わらず、ここを通り過ぎると自分の絵に感動して買ってくれるんですって。

物質的には貧しいかもしれないけれど、
彼らの方が心は豊かだ。
千円なんて決して彼らにとっては安くない。
なのに、彼らは美味しいランチやご飯代を抑えて、こちらを買ってくれる。

逆に、日本人は外見ばかりチャラチャラ着飾っているが、なかなか芸術にお金をかけない。
ここに来ても冷やかしが多い。

君は美人かもしれないが、
心は貧しい。まだまだだ。


…そんなことを何度も言われました。

綺麗だな、と思って足をとめたけど、
ただ千円を出さなかったことで自分の芸術を愛する心や感受性、自分自身すら何度も全否定された気分になり、
屈辱的な想いと悔しさが込み上げてきて、
絶対に買うか!と心に決めました(笑)


だって、綺麗だと思って心惹かれた瞬間もあったのに、
これを買ってしまうことで、そんなことを言われたことを見るたびに思い出して腹が立つと思ったから(笑)


確かにこの男性の言うことはごもっともだと思います。
私自身、日々常々感じていることだったから。
だからこそ、学生時代から芸術を心の肥やしにと、きっと人並み以上に努力して吸収してきたし、それ以上に何よりも芸術から受けるパワーに感動することが好きだった。


それが、まさか自分が普段嘆かわしいと思っている言葉を自分自身に向けられるなんて…。



でも、私だって反論させていただきたい!(笑)
お金を出す出さないで人の心の価値観を推し量ることは、
それこそ芸術的ではなく商業的なのではないだろうかと。
確かに綺麗な美しい絵で、丁寧で几帳面に描かれていたことは認める。
高校時代の私だったら、きっと買っていたかもしれない。
でも、写実的な絵は、もはや綺麗だなと思うだけで、今の私にはそれ以上の何も訴えかけてこない。
私の部屋や家中に飾られた絵画たちは、
私の創造力(想像力)を掻き立てるし、
その色彩、色調、踊るようなラインに得体の知れないゾクゾクするようなエネルギーをもらう。


先日、観に行ったあいちトリエンナーレだって、ハッキリ言ってわけわかんない作品ばかりだったけれど、今の最先端の科学技術やITの発展やテクノロジー、そしてそこから生み出された負の財産である原発事故、そして自然の威力には叶わないという東日本大震災を経た私達が考えるべき社会の在り方とか、時代を経て三年前とは明らかに変化していたアートの世界、持つべき価値観みたいなものを考えさせられて、胸ぐら掴まれたような感覚と、押し寄せる波のような感情に襲われた。


でもただ綺麗なだけの風景画は、
今の私にとって鑑賞には最適でも、
千円を出す価値がなかった。
そこまで感情が動かされなかった。
ただそれだけのこと。


私は美術館で感動する作品に出会うと、
必ず千円前後のものは買います。
だけど今回はお財布に何万円か入っていて、これから美味しいものを食べたり、綺麗な景色を見たり、お土産を買ったりするためのお金を、ここで使う価値を見出さなかった。

ほんとに、ただそれだけのこと。


30分以上立ち止まってお話していて、
私はその間何度も皮肉を言われたし、
もともと国家公務員だった彼が絵に目覚め、慢性腎炎を患って…というドラマティックな人生に感動したり、共感する部分があり、
それなら買おうかな、なんて思わされたりもしたけれど(笑)
そのことに気付いてしまっていたから、頑なに買うことはしなかった(笑)


だって、ただの同情や他人の言葉に流されて買うことは、芸術を愚弄することになると思ったから。
もしかしてこの男性がここで物乞いをされていたら、募金をしていたら、
千円渡していたかもしれません(笑)
でも、私の千円を何に使うかという自由な選択は、他人にとやかく言われるものではないし、売り手、ましてや芸術家がそれを強要した時点で終わりだと思います。

そこで芸術家は商売人になってしまうから。
音楽の世界でも同じ。
結局はお金やチケットノルマに魂を売っただけの、アーティストではなく、職人さんでもなく、商人さんになっちゃうのよー




…とは言っても、
彼の描く風景画も美人画も、
悔しいけれど?やっぱり素敵でした。
オードリーヘプバーンのジバンシィのPhotoの模写も、本物みたいに綺麗。



…でも、写真でいっかぁと思ってしまう。
この男性の美しい世界観と共鳴できたら、良かったかもしれないのに。
そこまでには(つまり千円を渡す関係かには(笑))至りませんでした。

残念!!!








しかしその後、坂を下ってどこかでお手洗いに行こうと(景観が損なわれるからかコンビニなどが近くにないのよねー)
ただのトイレ探し以外の何物でもなかったのですが、





たまたま見つけたカフェに入る。



これからお目当てのお店にランチだし、お腹も空いてないし、
ほんとにただお手洗いを済ませて出よう、ぐらいにしか思っていなかったのに






静かにジャズが流れ、数々の陶芸品や食器、
手作りのパンの全粒粉の香ばしい匂いに包まれた雰囲気と、
旦那様と奥様と可愛い娘ちゃんの三人で慎ましくこのお店をやっていらっしゃるそのお姿がとても素敵で




ここではあっさりと千円を出してしまった(笑)


あたたかなぬくもりの感じられる手作りの食器と(私も大好きな感じの!)
選び抜かれたこだわりの珈琲豆から淹れるホット。



そして、最初はドリンクだったのに、
どーーーーーーーしても、あのフワッと香る馨しい焼きたてパンと粉の香りにヤられて、思わずイチジクとくるみの全粒粉のパンを購入。(笑)
(イチジクもクルミも大好きなんです!!!ズルいよー)


これからお昼なので、半分だけスライスしていただき、残りの半分は日持ちがするということで、お持ち帰りすることにしました。



コーヒーはものすごく香り高くて相棒もびっくりするほどの美味しさだったし
(余分な成分や酸化が一切なくて、純度の高い水を飲んでいるのと同じぐらいのナチュラルさ!馴染みやすさ!)
パンも、心が嬉し過ぎて跳ね上がりたくなるぐらいに美味しく、
中はモチモチ、外はカリッと温かく、
大好きなクルミとイチジクの素材の味や歯応えが生かされて、
ゆっくりと味わって噛めば噛むほど自然のパンの甘みがじわじわ口の中に広がる。

食べながらも全粒粉の小麦粉の香りが素晴らしくて参った!!!



一気に幸せな気持ちで心がいっぱいに満たされました☆

こちらのオーナーさんの雰囲気の方がずっとアーティスティックな感じがした!!!
五感でこだわって、五感で喜びを感じ、心が満たされるようなエネルギーを貰えるの!!!


結局は花より団子かい!
色気より食い気か!!

…と言いたいところですけど(笑)


私は衣食住、五感すべてが喜ぶものがアートだと感じます。
ランチをケチれと言われましたが、
善い食の中にもアートはある。


…というか、作品の中だけでなく、
普段の生活の中にいかに喜びや楽しみが感じられるか、
全てのものを芸術だと感動できるか、



それを感じられる心こそ豊かさがあると思いますし、
そもそもアートとは指先や口先、身体ではなくて、心に宿り、心の中に広がっているものだと思うのです。
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[ 2013/10/22 19:54 ] 北海道ものがたり♪ | TB(0) | CM(3)

函館の教会、すばらしいね!
わたしが函館へ行ったときは若すぎてGLAYのことしか頭になくて、そんな美しい景観をたのしんだり、歴史のことを考えたりできなかったな。

それからあなたの感覚は正しいと思うよ。
みさせてもらって素敵な絵ではあったけど
、お持ち帰るまでの縁じゃなかっただけで、あなたの感性がおかしいとかではないと思いますよ!
大自然とか、たとえば花とかの自然が作り出したものは別かもしれないけど、美にたいしての感覚も人それぞれだと思うから。

洋服を選んだり、聞きたい音楽が違うようにさ。

それにしてもカフェすてき!
わたしも予定返上してお茶してしまいそう!
[ 2013/10/28 01:57 ] [ 編集 ]

yksachi >
ありがとう!!
私の旅行記でそこまで素敵なコメントをいただけるなんて嬉しすぎるわぁー!!
私、今回函館に行ったことで一気にGLAYに親近感沸いたよ!
こんな小さな港町でビッグスターになったGLAYってすごい!!ってね。
あなたにラッキーピエロを教えてもらわなかったら知らなかったしw

函館、初めて行ったけどすごくいいね。
また行きたいなぁって思いました。
小樽といい、もちろん本州でも神戸といい、
港町って好きだな。
私自身が横浜生まれ・横浜育ちで港がすぐそばにあったからかなぁ
なんだか懐かしい感じがするんだよね。


今回はアートに対しても悔しい想いをしてw
色々と考えさせられた旅になったよー!
でも、昔に比べて自分の考え方って他人に流されなくなったな。
信念が出来てきたのか、ただ単に頑固で人の話を聞かなくなってきただけなのか…
ちょっと迷うところ!w
[ 2013/12/23 09:43 ] [ 編集 ]

はじめまして
私も教会前の絵描きに暴言をはかれました
ふらっと立ち寄って去ろうとしただけなのですが。。。

この絵描きのおじいちゃん(東 豊司)は性格が悪い事で有名で、
買わないお客に対して必ず汚い言葉で貶すそうです

ちなみに「お前たちカップルが結婚する事はない」「必ず分かれる」
「1000円も出せない貧乏人」「心すら貧しい人間」等散々で折角の函館が嫌いになってしまう寸前でしたよ(苦笑)
[ 2015/01/15 15:15 ] [ 編集 ]

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