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あいちトリエンナーレを振り返る③

最後に訪れたのは納屋橋会場でした。



こちらは、もともとボウリング場であったという古い廃墟を使った会場で、
他の会場に比べて退廃的で、独特な世界観のある作品たちが想像以上にボリュームたっぷり展示されています。





劇団四季会場のすぐ隣☆

(今、名古屋では大好きなサウンドオブミュージックを上演中なんですね…。東京公演と大阪公演で計五回観たのですが、名古屋バージョンはまだ見ていないので急がなくては!!)










前回のトリエンナーレ2010でも、
予想以上に面白い!!と感じる会場でした。

今回も、愛知県美術館のストレートな震災メッセージがズコーン!!!と胸に突き刺さってきた直後だったので、
このような遊びのあるニュアンス勝負のインタレーション作品が一種の救いであったように思います…が、
エストニアの紛争とかユダヤ人の安息日の映像とか、移民の映像とか、
結構重いシリアスなものも多かったから、どちらにしても明るくはない…か。


そのあたりは時間もあまりなくて、
あまりしっかり観れなかったし、
これ以上重たいものを受け入れるキャパがなかったせいか?軽く受け流して見てましたけど。。。

ただニラ•ペレグの『安息日』という映像作品はつい見入ってしまいました。
エルサレムのユダヤ人安息日の映像は面白かったなー。


エルサレムが思ったより!?オシャレな町だった!
そしてヨーロッパなどでよく見かける特徴的なユダヤ人の方々の安息日の在り方。
興味深かったです。
アプリで旧約聖書を勉強として読んだりしているため、今までより彼らに対する関心があります!




池田剛介『干渉の森』




『サイクルクエイク』



竹田尚史『ダブルフィクション』





新美泰史『犬シリーズ』『祈り』






単純にポップな色彩と、
書道の筆使いのようなタッチで描く可愛らしいキャラクター(神だったり犬だったりするらしいが…)が目を引き、
とても好きな作品でした!

ずっと茶色い味噌などのナゴヤメシばかりのあとに、
色とりどり栄養満点のサラダが出てきたときのような、あんな嬉しさ(笑)





納屋橋の光景。



下道基行『14歳の世界と境』『境界のかけら』。


14歳の子供達の部屋の仕切りから、
国の国境まで、奥の深い『境界』をテーマにした作品たち。


私の14歳の頃の世界ってどんなものだっただろう??
なんて、ついつい考えてしまいました。

家庭環境は色々あって、難しく大変な時期だったけれど、
あのとき乗り越えたものがたくさんあるから、
今の自分に繋がっている。
後悔や失ったものもたくさんあったのが14歳の頃だったので、
10代の中でもしかしたら1番ツライことを経験したのかもしれないけれど、

しかし、
シューベルトのドイツ歌曲や、
父親のレコードを盗み聞きして聴いていたビートルズ、
ウィーンやザルツブルクのハプスブルク家の文化への憧れなど、
あの14歳の私はたくさんの希望と憧れ、感動にも満ちていたと今だから思います。

あの頃はそんな風に絶対に思えなかったけれどね。

そんなことを考えながら、作品を見ていました。



青木野枝『ふりそそぐもの』


軽やかに金属が降り注いでいる感じが、なんだか惹かれたなぁー。


そして、中でも納屋橋会場に行って本当に良かった!!!と思ったのが次のお2人の作品に出会えたこと。



片山真理さん
















彼女のことは、
以前から雑誌に取り上げられていたので知っていました。
この作品たちも。。。
『FIGARO』の若手女流アーティスト特集、だったかな??
あと、東京のカフェで読んだ本にも取り上げられていた!
だけどまさか、ここ名古屋で出会えるとは!
ノーマークでした。

この作品たちを見て真っ先に思い出したのが、
大好きなユマ•サーマン主演の映画『パルプ•フィクション』みたいな、退廃的な世界。


ああいう雰囲気にハタチの頃、めちゃくちゃ憧れて、私も自分の部屋をああいうテイストに飾り立てていました。
パルプフィクションのポスターも貼っていたしね(笑)

↑こんなん。


どことなく60年代っぽさもあったりして、
すごくこだわりの世界観が垣間見れます。
1987年生まれの若いアーティストさんなのに…
このシビれる退廃的な世界観はスゴイ!!



…とか思っていたら、
そうだ!この方は足がなくて義足なんだった。

片山真理さんは、脛骨欠損という、主幹を成す太い骨がない病気を先天的に持って生まれ、9歳の時に両足とも切断しているそうです。
そうした身体の特徴と、自分自身を取り巻く世界とのかかわりを、10代の頃より、オブジェや写真で表現してきた、とのこと。

それは、少女の頃の義足や小さなハイヒールを身に着けた、私的で内面的な親密さに満ちたセルフポートレート写真であり、実際に彼女が生活し、制作活動もする部屋の姿を、日用品と彼女が作ったオブジェで構成して提示することであります。

あるいは、彼女自身の手によって丁寧に装飾された両足の義足を提示することや、義足用に特注したハイヒールを着けた彼女自身のパフォーマンスの試みです。

昨年は、「アートアワードトーキョー丸の内2012」のグランプリを受賞されています。


片山さんは、昔から毎日の日記代わりに、食べたものや身につけたものを瓶詰めに入れていたとのことで、
そのコレクションがまるでホルマリン漬けのように!?妖艶に、妖しくも美しく展示されていました。


他にも、彼女のお祖父ちゃんの好きだったタバコのPEACEを箱を引き詰めて並べたてて作られたベッドや、祖父の好きだった花のドライフラワーが飾られた部屋など、
お祖父さんに対する想いが込められていました。


これから注目のアーティストさんです。



そして、クライマックスは
名和晃平さんの『Foam』。

















以前から巷では話題になっていたこの作品ですが、
ナマで見ると圧巻でした!!!

暗闇の中、光り輝く白い泡の世界。
こんなの美術展で見たことない!
世の中には色んな素材があるんだなーと思うと同時に、
泡という実態の掴めなさそうな素材が作品の主役になるとは…と驚きでした。

巨大なメレンゲ状の泡とパチパチと小さく音の鳴るシャボンの雲。
白い柔らかな泡の世界に、心が吸い込まれます。
まるで、天空の別世界に誘われたみたいな感覚。


八月に、洗顔&メイク実習というものを受けてから、
私はメレンゲ状に泡立てられた石鹸のスゴさに驚かされました。
あれ以来、毎日どれだけホイップ状の泡が作れるか、
それをどれだけ優しく、力をかけないで肌の上に、生クリームを乗せるように乗せられるかが毎日の課題なんです。

その泡の威力のおかげで、
一気に肌荒れが消えてキメが整い始めたんですもの(笑)
ここ数ヶ月は、どれだけ忙しくても、毎日楽しく泡と戯れる時間だけは欠かしてません(笑)

でも、その泡が作品になるなんてねぇー。
かなり目からウロコでした。
普段からアンテナ張ってるつもりでも、取りこぼしてる些細なものって無限にあるんだねぇー。


すっかり名和さんの世界観のファンになった私ですが、
彼はビーズやプリズム、発泡ポリウレタン、シリコーンオイルなどの現代的な素材を用いて、造形の新たな可能性を切り拓く注目の若手アーティストさんなのです。
とくに彼は画素のピクセル(Pixel)と細胞のセル(Cell)を合体させた造語「PixCell」、すなわち「映像の細胞」というべき概念を提唱し、インターネットで購入した動物剥製などの表面を大小のガラス球で覆いつくし、情報化時代におけるモノの存在やそれに対するわれわれの知覚を鋭く問いかける作品を作っています。


他の作品にも注目ですね。



そんなわけであいちトリエンナーレ!
岡崎会場までは足を運べませんでしたが、とても堪能させていただきました。

やっぱり作品に触れて色んな人の想いや価値観、エネルギーに触れるのは、ものすごく刺激で楽しいな!!


今年は神戸ビエンナーレや瀬戸内国際芸術祭なども開催されたアートの年で、どこに行こうか迷ったけれど、
(横尾忠則の作品見たかったしー!先輩オススメの瀬戸内の温泉入りたかった!!)
実家のある愛知で現代美術を楽しめて嬉しかったです。
次の開催を楽しみにしていよう。


その頃はどんな社会になっていて、
私自身もどんな変化を遂げていて、
そしてどんな新しいアートが誕生しているのかなぁ??



《了》
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[ 2013/11/06 08:32 ] アート | TB(0) | CM(0)

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