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♪愛のカタチ♪

色んな愛のカタチがあるんだなーって!ハート達(複数ハート)
心がほっこりした週末だったのです目がハート





愛って様々な形で体現されて、表現されるけど。
自分のためではなく、他人のために。他人の幸せのために。。。

これが根底にキチンとあれば、どんな形で表現されても美しいんだろうな。


それは舞台の中にあり、芸術の中にあり
音楽の中にあり、文学の中にあり、マンガの中にありお料理の中にあり
仕事の中にあり、人と人との触れ合いの中にある。



愛、それは美であり、美しいものの中には必ず愛がある、と言っても過言ではないのでしょうハート文学や舞台の中で、そして実生活の中でそれを貫いている者、貫こうとしている者の生き様は本当に美しい!




・・・って、どうした私!
なんなんだこの日記は!!!!(笑)





こんな私が一体何に感化されたのかと言いますと、
ズバリ、週末の2日連続で観劇です。
両日とも深い深ーい愛と精神美をテーマにした感動的な物語でしたー!



まず1つ目~~~!!



5月8日は神奈川県民ホールにて、
オペラ『愛の白夜』

ドニゼッティの『愛の妙薬』ではありませんよ、
日本人の日本人による日本人のための日本語現代オペラ。










ストーリーを簡単に説明すると、




第二次世界大戦下のリトアニア。
そこには日本人外交官の杉原千畝が駐在していました。
彼はナチスからの迫害に逃れようとする6000人もの
ユダヤ人難民のために、自分の命の危険を冒してまで
独自の手書きで米国行きのビザを発行し、
多くのユダヤ人を救ったという、愛と感動に溢れた実話を
元にしたノンフィクションオペラでした。


(日本とドイツは三国軍事同盟の同盟国同士で味方でしたよね?つまり国策に反するをしてまで人の命を救った、というお話です。
これがバレたら完全に処刑よね。)




杉原千畝の話は歴史の授業でもちらっとやるから
うちの大学1年生の弟でさえも記憶に残ってて、このオペラに興味を示しておりましたが。。。

改めて、すごいひとだなって思いました。
彼は今でこそ評価されてるけど、当時の彼の葛藤、そして決断、実行に至るまでの覚悟と勇気は平和な日本で生きる我々にとっては、想像を絶するものであったはずです。



真実の愛を実行するには、ときには痛みを伴うでしょうし、
世の中を敵に回すこともある、
世の正義とされていることにときには反逆しなくてはいけないこともあります。


それでも、自分の信念を貫く。
愛には相当な勇気が必要なんですね。
なんだかアンパンマンのテーマソングみたいになってきましたが。。。




私の理想の人間像は、まさにこのような人です。
私もいざというときに、自分を犠牲にしてでも、
何かを守る、みたいな、そんな勇敢な行動がとれる強い人間になりたい。


この杉原さんと立場は違うけれど、
この時代には、日本人青年の多くが特攻隊として出征されましたよね。
私は戦争を美化するつもりは全くございませんが、
それでも特攻隊の方々の、愛する人やお国のために天皇陛下のためにと
自分の命を投げ打ってまで他を守ろうとした先人の方々の献身的な精神、純真な愛を心から敬いたい想いです。



また、あまり知られておりませんが、
昭和天皇もマッカーサー元帥との対談の際に
しっかりとモーニングで正装なさり、
相手に最高の敬意を表して、
戦争の全責任はすべて自分にあります。自分はどうなってもいいから、
国民のことは助けてあげてください。飢えに乾いている国民に救援物資を送ってください、と
お頼みになったとのことです。

その武士道、大和魂に、敬虔なクリスチャンであったマッカーサーは
大変感動し、現在の日本に繋がっていく、という逸話があります。



戦争なんて二度と繰り返してはいけないのは百も承知ですが、
このような危機的状況のときに、自分の人間性が試されると思います。
自分は利己的で卑怯な人間なのか、それとも愛深い美しい人間なのか。


そして、私自身は潔い凛とした生き方ができるのか、まだまだ自信はないけれど、
それでも自分の心のどこかに、この時代を生きた人々の大和魂の種を植えつけたい、と思うのです。



現代では、色んな意見が飛び交い、A級戦犯とか靖国参拝問題がどうとか、
色んな立場から色んなことを言うひとがいらっしゃいます。
もしかしたら、戦争で愛する人を失った悲しみは相当に深く、
戦争や国に対して恨みや憎しみしか残らず、靖国神社を参拝する気持ちになれない方が、
参拝する方を批判したり、またその逆もあったりするのでしょう。



私も若い頃は、自分の意見を反対派の人に押し付けていました。
でももしかしたらそんなことで対立をすることが、
そもそも間違っているのかもしれないですね。。。。
戦争の爪あとを引きずって、余計に悲しみを深め、溝はますます深まる一方。。。。
そんなの悲しすぎます。


大切なのは、お互いの重ならない意見を共感しようと務めること、
どうしてそう思うのか、を理解しようとすること、
それぞれがそれぞれの傷を慰めあおうとすること、、、、


かもしれません。




話はずいぶんと反れましたが、
「愛の白夜」を観て、そんなことをふと思いました。






そしてその翌日は・・・
前回日記にも書きましたが、
日生劇場にてミュージカル『シラノ』を鑑賞してきました。



感想は既に簡単に書きましたが、
この際ですのでストーリーをご紹介致します。



シラノは文武両道で、豊かな才能に溢れ、騎士でありながら詩人、勇敢でありながら繊細、
高貴な精神と正義感を持ち、ロマンティストであり人格者、男気溢れる高潔な男性。

しかし、
ただひとつ、大きな醜い鼻が最大のコンプレックスであるために、
愛する女性に想いを打ち明けられないでいました。



そうこうしているうちに、美男子でありながら口下手である友人に
恋の相談を持ちかけられます。なんとその友人も、シラノが想いを寄せるロクサーヌに恋をしていたのです。


シラノはこの友人のために、ラブレターを代筆することにしました。
自分の想いを胸に仕舞い込んで・・・。
シラノは手紙を代筆しながら、自分のロクサーヌへの想いを手紙に重ね合わせていたのでした。


美しい詩的な恋文(BY シラノの代筆)で、美男子はロクサーヌをとりこにし、
二人は見事に結婚することになったのですが、
宿敵の陰謀で、シラノとその友人は戦場送りへ。。。。
そしてなんと戦場に訪ねてきたロクサーヌの前でその美男子は殺されてしまったのです。


それから15年の月日が経ち、夫に先立たれた悲しみから尼僧院に入っていたロクサーヌ。
しかし、シラノはそんな彼女を自分のものにしよう、などとは考えませんでした。
死ぬ間際に、シラノは愛する彼女の前で、死んだ美男子の友人の生前最後の手紙を読み聞かせます。
ロクサーヌのその際に、今までの手紙の主は実は先立たれた夫ではなく、
シラノであると気付いてしまうのです。
しかし、シラノは、最後の力を振り絞って、美男子の友人のものだと言って手紙を読み聞かせます。
最後まで自分の想いは彼女に告げぬまま、ただただ美男子と彼女を思って死んでいくのです。。。





包括的にはこんなお話なのですが、
シラノのあの繊細な優しさ、誠実さ、誇り高さはこんな駄文では伝えられないです(笑)
自分の想いを殺して、ただただ死んだ友人のために、
そして愛する女性を喜ばせるために。。。。
そんな姿勢が泣かせるのです。


愛する女性は自分の方にまったく気持ちが向いていない。
だけど、シラノはそんなことは全くどうでもいいようにすら思えます。
それすら飛び越えて、彼女の本当の幸福を祈る。
例え叶わなくても、一緒になれなくても、彼女の喜びのために、自分は影になる。


最後の最後まで、美しい生き様、そして死に様に胸が熱くなります。



前述の武士道、に続き西洋の「騎士道」。
その精神が根付いているのですね。


私も、男女のありふれた恋愛を超えて、
何があっても相手の幸せを喜べる、壮大な愛情を抱いてみたいです。
時には放つ愛、身を引く愛もあるでしょう。
それでも、相手のためなら喜んで・・・。


そう思える高潔な人間でありたいものです。




長々と書いてしまいましたが、


このような美しい生き様を
舞台の上で演じるには、
自分の心がそこに行き着き、役柄と一体にならないと絶対に表現できません。
役柄を理解し、共感し、その役柄の人生を生きる。



それが今後の私の人生の課題となっていくでしょうし、

人として成長していくために、芸術に触れ、舞台に触れて精神を磨かなくてはいけないのでしょう。













愛に満ち溢れた尊い人生を送りたいと思います。
音楽・芸術と共に・・・★
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[ 2009/05/13 01:21 ] オペラ・ミュージカル | TB(0) | CM(0)

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