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被災地へ向かっているところです。今東京都。




私が今向かっている石巻市の渡波地区・牡鹿半島は、壊滅的な津波の被害を受けた石巻市の中でも、もっとも酷い被害を受けた場所。



世界各地からボランティア団体が被災地に向かっているけど、私が目指している場所は、自衛隊や警察しか出入りのしていない、先の先の方なのだとか。






……震災直後、とにかく物資に飢えている方のお手伝いをしたいと心底願い、


救援物資が充実し、一段落してからも、誰かが困っているときに、まだまだ若く力を持て余していて健康で、
自分のできることをやる』と言いながら、口ばっかりで、現場に行こうとしないで、自分のできることとやらを自分で限定して、地元レベルで小さくまとまって、生命力を最大限に生かすことができない自分に辟易し、


この世に及んで、
音楽でしか支援できない
私の使命は歌うこと、
みたいな、音楽に対しても自分自身に対しても傲慢で、かつ現地に対して空気の読めない発言をするような歌い手、人間には絶対になりたくないと思い、


絶対にチャリティの意味を取り違えたくないとずーっと考え


世の中は落ち着いて風化が始まっても、絶対に私は覚えていようと決意し、

自分のできることなら、限界を決めないでなんでも果敢にやりたいとずーっと考え



前回の日記に書いたように、マザーテレサの言葉を心に留め



たとえ誰も行かなくても

周りが傍観者の状態でも
周りになんやかんや言われても
私は一人ででも絶対に行きたいんだという思いを保持しつづけ




実は、ずーっと密かに水面下で被災地支援の現地ボランティアの応募をし続けていたのだけれど、ことごとく抽選に外れまくっていた私。。。。。








今日、やっと!ようやく石巻市へ支援活動に向かっています。





何度も何度も応募したのに、初めて念願叶った今日この日は、
奇しくも友達ユキピーの15年目の命日。



あれ以来、この日は忘れられることができないけど、きっと、違う気持ちを持って、誰かのためにパワフルに貢献してくるように、ユキピーが仕向けてくれたのかもしれないと思っている。




しかし、抽選がことごとく選外って、よくよく考えたらスゴイことだ。




私が三ヶ月近く、現地に入り込めるスキを与えられなかったぐらい、
それだけ多くのひとが、心を動かされ実行しているということなのだから。



今日も、若い人達もおじさんおばさんたちも、いーーーっぱい集まってきていた。

中学生の坊主(笑)や
高校生、大学生の子たちが友達同士で、たくさん来ている。

同じ車内にも、
中学二年生の丸坊主の男の子が友達ふたりで参加してたり
64歳の男性や女性もいたり
女子高生の三人組、
看護士さん
高校教諭、大学教授
主婦や園芸屋さん、カレーにはうるさいココ壱のフリーター(笑)
三日前に15年住んだ関東から引っ越してきて、震災以来、実家に帰りたい&被災地に行きたいと、決意して愛知に戻ったという、私と全く同じ意見を持ったひとや、
普段はカナダに住んでいるが、今朝日本に着いて被災地に向かってるダンディなおじさまもいたり

動物園に就職したくて大学院でチンパンジーの研究している女の子、
信長役をやったひとなど、様々な方が集まっている
バスの中での責任者のトークが面白すぎて、超アットホームで和気あいあい。



ほんとに被災地に行くの?ってぐらい、
愛に溢れ、話も弾み、まるで遠足に行くような気分になっている。






私はもっと、相当な覚悟と決心を持って参加に至ったわけだが、支援に行く我々が暗い顔をしてはいけない、元気を与えにいかなくては!という愛知ボランティアセンターさんのご配慮があり、私が考えていた以上に愛と喜びが溢れているものとなっている。


ワイワイがやがや、大盛り上がりで歓談タイムも設けられ



個性、バラエティ豊かな人々を詰め込んで、バスは石巻市へと向かう…バス




しかし、



絶望的な光景が繰り返し訪れますとサラリと言われ、

何度行っても僕はオッサンですがおいおい泣いてしまいます、どうぞ感情を吐き出して下さいね、と、三次ストレスから回避するためには、我慢せずちゃんと泣くことを推奨されたり



被災地に行くんですよ
安全な場所ではないことを肝に銘じておくことと言われ


原発から50キロ圏内を走行して通り抜けること、

しかし放射能以上に恐ろしいのは現地のガレキから出るアスベストだということ

もしかしたら再び地震が起こるかもしれないということ
また津波が押し寄せる可能性もあるということ
そうなったら自分たちも被害者になり得るということ
またガレキから色んな破片で足を怪我し、破傷風で病院送りになったひともいるということ
瓦礫撤去をしていて一般人が遺体を見つけるケースもあるということ



そういう話をされると、現実に引き戻される。



しかし、この和気あいあいの明るい雰囲気の中では、申し訳ないけど、想像もつかないし、信じられない。


だからこそ、現実をこの目で見て、何があっても受け止めなくてはならない。





今回、私も
アスベストや瓦礫の危険を避けるために、粉塵用の専用マスクやセーフティーゴーグル、ヘルメットやステンレスの中敷きも長靴も耐油性のゴム手袋もホームセンターで購入した。


こんなものが売ってるんだなと今回初めて知った。




しかし、
何度もボランティアに参加されている経験者の方々や、責任者の方々からの話を聞くと、


実際にこうして現場を目で見て、肌で感じて、
そこで作業に関わった者同士でしか一生分かり合えない感覚、感情の起伏、

一緒に作業に従じた者同士に生まれる同じ達成感、連帯感、


そして現場の方々のそれはそれは温かい心、



そこには同じ志を持って働く者同士の、そして現地の人達との愛に溢れた出会いがあるのだという。



それらは本当に本当に素晴らしく、行った者にしか分からない、何にも代えがたい思い出なのだと誰もが言う。



別にそんなことを期待して参加したわけではなく、
思い出作りに行くわけでもない。
もっと血相変えて、悲惨な現場で一生懸命誠意を尽くそうとしか思ってなかったけど



話を聞いていると、ここで真心を尽くすことで、何かがありそうだ。




私も今回、一人での参加だけど、
思っていた雰囲気と様子が違っていた。
まだ始まってないのに、既に絆や出会いがそこにはある。
そして仕事はこれからなのに、ああ、来てよかったなァと心から今、思える。


そして、気仙沼の支援区域には人が今殆ど住んでいないけれど、石巻にはひとがいて、物資を届けたりしていると必ず素敵な出会い、心の触れ合いがあるよと言われて、



だんだんと楽しみになってきた。




もちろん、何が待っているか分からないし、
そこにどんな現実が広がっているのか
メディアを通した情報とナマとはどんなギャップがあるのか
私がそれをどう感じ、どう受け止めるのか

行ってみて、やってみないと分からない。



それでも、どんなに過酷で残酷な状況の中でも、希望は見出だしていたい。


朝、目が覚めたら石巻についているはず。


明日、私のやるべきことは決まっている。

自分の我を捨てて、そこで出会う誰かの笑顔や喜びのために、精一杯尽くすことだ。


最後に、東北に行くということで、東北出身の宮澤賢治の有名な作品をどーぞるんるん



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雨ニモ負ケズ 風ニモ負ケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモ負ケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
欲ハナク 決シテ怒ラズ
イツモ シズカニワラッテイル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲ食べ
アラユルコトヲ ジブンヲ勘定ニ入レズニ
ヨク見聞キ解リ ソシテ忘レズ
野原ノ松ノ林ノ陰ノ
小サナ萱(かや)ブキノ小屋ニイテ

東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ束ヲ負イ
南ニ死ニソウナ人アレバ
行ッテコワガラナクテモイイトイイ
北ニ喧嘩ヤ訴訟ガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイイ

日照リノトキハ涙ヲナガシ
サムサノ夏ハオロオロ歩キ
ミンナニ デクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
ソウイウモノニ
ワタシハナリタイ


『永遠の詩』



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そういうひとに、私はなるんだ!!
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[ 2011/06/03 23:59 ] コラム | TB(0) | CM(0)

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