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マザーテレサの言葉





『私たちのしていることが大海の一滴にすぎないことは、私たち自身よく知っています。でも、大海にこの一滴がなければ、一滴不足することになるでしょう』




『私たちのするべきことは二つにひとつなのです。彼らになにかをするか、それとも往来に放っておくか。』



『私は決して群衆の面倒をみません。ただひとりの人だけを見ます。もし群衆をみていたら、きっと私は何も始められないでしょう。愛はいつも旬の果物なのです。』



『貧しい者が「飲み物を下さい」という言葉は、飲み物に渇いているのではなく、隣人の愛に渇き、飢えているのです。
飢えているひとは一切れのパン、一枚の布がなくて泣いているのではなく、つまり自分が愛されていないと感ずる孤独感、欠乏感に泣いています。また飢えているのはパンがないためだけでなく、誰かのために生きることに飢えているのです。』





『にっこりほほえむ、誰かのためにちょっと訪ねる、ただ火をつける、盲人のために手紙を書く、靴を揃える、本を読んであげる。
それが愛です。
愛とは大きなことを成し遂げるためのものではなく、小さなものに真心を込めることです。

例え、ごく僅かの資金しか集めることができないにしても、キリストの愛をますます広め、輝かせることができ、飢えている我らが同士にパンだけでなく、私たちの愛、存在、触れ合いを与えることができれば、今年は神から地上への愛が真に燃え上がる年になります』



『今日の最も重い病気はガンでもレプラでも結核でもなく、人から愛されていない、誰からも見捨てられていると感じること』


『最大の罪は愛と憐れみをもたないことです。搾取されたり、堕落したり、貧困の中にいたり、病気で困っていたりする隣人を目にしながらおそるべき無関心でいることです』




『彼らは彼らに奉仕するための私たちの手、彼らを愛するための私たちの心を必要としています。家族や友人もなく、愛し愛される人もなく、財産もない老人たちの孤独を考えてごらんなさい。どこもかしこでもこの苦しみ、愛に飢えている苦しみが見られます。そしてあなたや私だけがこの飢えを満たすことができるのです』




『貧しさを頭で知るだけでは不十分です。実際に何も持たなくなったとき、貧しさとはどんなものなのか知らなければなりません。』



『あなたの心の聖拝に溢れる愛を与えることができるように』




『高慢な人は好かれません。神の手の中の重たい道具となってしまうからです。私たちの生活は人から注目されれば、それだけ尚のこと謙遜が必要です。キリストは自らを「虚しい姿」になさって卑しい者、貧しい者の中にすすんで入られました。そのキリストの謙遜は見るも美しいものです。
自分が謙遜であることを意識せずに、謙遜でいることは大きな徳です。』




『シスターが明るく笑顔で奉仕をすることが、他人への貢献です。悲しみにうちひしがれて鬱々としていたら、働いていても誰の心もひきつけないだけでなく、それはあらゆる悪の根源である怠惰につながります』




『もしあなたが心楽しく喜んでいるならば、自然にそれが外に出るでしょう。喜びは目の中、眼差し、ことばの端、態度に輝きます。喜びは中にしまっておくことはできません。外に溢れ出るものだからです。人々が私たちの眼の中に幸福感を見るならば、人々も希望や自信を見出だすでしょう。』



『聖性を持つ人間は心の中に大きな試練をうけ、闇を経験することがよくあります。しかし自分自身で闇や試練を克服しなければ!悲しい顔で足取りも重く、スラムに向かうシスターを想像してごらんなさい。スラムの人達に、一体このシスターは何をもたらすことができるでしょう?彼らの心をますます沈ませる以外、何もできないはずです』




『愛と喜びと光に満ちたキリストをスラムの人達に与えなさい!暗い光でなく輝く光におなりなさい』





なんと高尚たる言葉か!!




これら全ては尊敬するマザーテレサの言葉。






マザーテレサを始め、お釈迦様やダライラマ、イエスキリスト、また現代の日本では夜回り先生のような方、この世の中にこのような人達がいたことは、世界の救いであり、喜びであり、希望である。



しかし、このひとたちが特別な使命を持って生を受けたことは勿論のこと、誰もが同じ使命感を持てば、同じことが為せると信じている。

(実際に、マザーテレサはキリストの行為、心を模倣しようと努めた結果があの生き姿なのだから。)




ここ数ヶ月、
本棚の肥やしになっていたこの本を久々に取り出して、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も読み返していた。



読み返し読み返し、知識にするだけじゃなく、自分のものにしたい、自分の言葉にしたい、自分の血肉にしたい、自分の心と共鳴させたい、そう願っていた。



いつ、どんな状況に置かれても、この言葉たちを思い出せる自分でいたい。
強く自分を保っていたい。

ピンチになると、すぐに忘れてしまうから。





大きなことを成し遂げようと思うのではなく、
どんなに小さなことにも誠実さと真心を込める、
それが大きなものに繋がっていくということ

大海の一滴は小さいものかもしれなくても、やっぱり一滴の不足は補わなければいけないこと。


漠然と大きな夢を語り、漠然と多くのひとを幸せにしようと思うのではなく、今目の前にいるひと、そこで出会ったたった一人を喜ばせ、笑顔を絶やさないこと。





ようし!!これでいこう!!!






どうせやるなら
思いきりよく、大胆に、パワフルに、勇敢に、
恐れを知らず、突き進もう。


いざ!笑顔と明るい心を胸に、私はこれから被災地へと向かう。




自分は無力だと尻込みをすることなく、
誰か1人の笑顔のために。
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[ 2011/06/03 09:12 ] ライフスタイル | TB(0) | CM(0)

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