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一期一会♪in宇治

    

私は子供のころ、


『かさじぞう』


のお話が大~好きだった!



貧乏な老夫婦が、年越しのモチすら手に入らないために、笠を作って町へ売りに行っていたのだけれど一向に売れなくて…。


それでも雪にさらされたお地蔵さんの頭に、さぞ寒かろうと、じいさまは売るための笠を全部かぶせてあげてしまった。
しかも、自分の手ぬぐいまで。


ばあさまはそれを責めることもせず
『それは良いことをした!』
と言い、正月を越すための食料がなくても、この老夫婦の心は温かかった。



すると大晦日の夜、笠や手ぬぐいをかぶったお地蔵さんたちが、あのとき優しくして下さったじいさまばあさまのためにと、たくさんのモチや食料、大判小判を持って、恩返しをしにきた…っていう、有名な昔話指でOKクローバー




じいさまばあさまの他人に与える親切心、優しさなどが、幼かった私の心に共鳴したことはもちろん、
その気持ちを受けて、恩返しにくるお地蔵さんたちの気持ちもまたすばらしい!と思っていた。



このお話は完全に仏教思想の影響があるのだけれど、
キリスト教創始者であるイエスの

『与えよ さらば与えられん』

という私の大好きな言葉も、これと全く同じことだよねほっとした顔ハート





それから、私はまた、


オスカーワイルド作の『幸福な王子』が小さい頃からたまらなく大~好きだった!





街の中心に気高くそびえる、豪華絢爛の王子様の像。



その王子様(像)は、きらびやかに金箔でほどこされ、宝石が装飾されていたにも関わらず、
街のどこかで貧しさに飢えたり、寂しさに泣いているひとたちのために、自分の宝石たちや金箔を剥がし、与え続けた。


結果、王子様はボロボロのみすぼらしい姿になり、処分されることになってしまった。



王子様の言うとおりに宝石を人々に運び続けていたツバメも
『私は仲間たちと一緒に南の国へは渡りません』
と言い切り、人々に与えるために、飛び続けた。


結果、ツバメは寒さに凍えて死んでしまった。



子供の頃は、なんて悲しい話だろうと、切なくて仕方がなかった。

物語の最後に


『それでも、王子とツバメは幸せでした。』


という部分を母が読み聞かせてくれるたびに、幼かった私には、どうしても理解ができなかった。



なんで幸せなんだろう??
みすぼらしい姿になってしまったのに?
街の栄華を誇る王子様が処分されるというのに?
ツバメは死んじゃったのに?



当時はそれがよく分からなかったけれど、
ただただ直感的に、この王子様とツバメを、
ああ、美しいなぁと感じたことは、印象に深く刻まれている。




今ならこの王子様とツバメが幸せな理由がよく分かるなほっとした顔ぴかぴか(新しい)



この二人(?)は、他人に喜びを与えることが、何にも勝る尊い幸福だということを知っていたんだよねほっとした顔ハート


そして他人の喜びのうちに本当の自分の喜びがあるのだということも。




その本当の喜びを知っている者は、豪華絢爛な宝石や金なんか太刀打ちできないぐらい、尊くて高貴な心の価値を知っている。


本当に気高い者、
高貴な者とは、宝石やお金にはしばられない、もっと高いところにいる心を持つ者だと思う。



今回の震災でも、
そのようなひとがたくさんいたよね。
未曾有の大災害の中においても、希望の光を感じさせていただいてますぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)



私もそのような人間になりたいものです。







最近、読んでる本にもね、こんなことが書いてあったんだ~電球ぴかぴか(新しい)



クローバークローバークローバークローバー以下引用クローバークローバークローバークローバークローバー



昔ある所に一つの大きな富んだ国があった。
王子は何もかも与えられたのに幸福ではなかった。浮かない顔をしていた。

何不足ないのに輝くような喜びが感じられない。

そこである日一人の魔術師が王様のところへ来て
『私が王子を幸福にします。』といった。

そうして王子は魔術師から渡された魔法の白紙を、ローソクで炙りながら読んでみた。すると浮かび上がった文字は


『毎日一度はだれかに親切にせよ』


ああこれだ!
これこそ幸福生活の秘密であったのだ!
王子は魔法使いの教えにしたがって、その日からすぐに幸福になった。


(中略)


本当の幸福は自分の幸福だけを追い求めている間は、月を追いかけて走る子供のようなものだ。
走っても走っても結局はその幸福を掴む日は来ない。


だれかのために役に立ち
他から喜ばれ
他の喜びを自分の心に反射して輝くところの喜びを味わわない限りは


いかなる富豪でも、王様でも王子様でも、本当の幸福にはなれない。


自己を与えることによってのみ自己は拡大する。
与えることによってのみ自分のもっている宝の価値は十倍にも二十倍にもなって帰ってくる


(中略)


他人にどれだけ自分を与えきっても、どれだけ人のためになっても、自分がそのために減ってしまうということはない。
それどころか与えれば与えるほど、懇々として我が力は湧き出てくる。

他人の喜びのうちに本当の自分の喜びを見るからだ。


まだまだ多くの親切を与えよ
まだまだ多くの賞賛を他のひとに与えよ
まだまだ多くの生命を他のひとに与えよ



(中略)



多くの人間はパンにも飢えてはいるだろうが
『親切』にはよりいっそう飢えている。


刑務所にひとが行きたがらないのは、パンに飢えることはなくても『親切』に飢えるからだ。


富豪がパンに飢えることがなくても自殺したりするのは、『親切』に飢えるからだ。


ひとが親切に飢えるとき、人間はこの世に生きていられないほどに寂しくなるのだ。




クローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバー




…なんであたしがこんな素っ頓狂なことをまた言い出したのかと言うとf^_^;w




上に記した一連の流れを、熱烈に思い起こさせるような、とっても大きな、素敵な出会いがあったからなんだ~わーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)




あたしが先日、宇治にいたときに出会った大事な大事なひとぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)





そのひとは86歳のおばあちゃんでした




足が悪くて、
杖をついてもマトモに歩けない、本当にひどい状態でした。




私がたまたまその方に道を聞かれたのをきっかけに会話をし、それ以来ずいぶんと深く関わることになり、

またこの方によって色んなことを学び、
また成長させられたのでした。




おばあちゃんはなんと一人で車椅子で旅行に来てたのだっっっダッシュ(走り出す様)ダッシュ(走り出す様)



歩くのも一苦労なのに冷や汗
一人で車椅子をよちよち押している状態なのに冷や汗


ほらぁ、びっくりおったまげたわげっそりげっそりげっそりげっそり



しかし、
こんな状態なのに独りで来られる勇気がすごいなーと思い、


道を教えるついでに、
車椅子を押して案内してあげたのよねんっ。



そうなってしまうと、
その後も一人にさせていくわけにもいかないので、
身の回りの世話を殆ど全部せずにはいられなくなってしまったわけ手(パー)




私は夕食を食べ終わっていたのだけれど、
おばあちゃんを連れて、
再び食堂に来たり。


ときには部屋まで食事を運搬したり。


おばあちゃんの宿泊施設に行き、
車椅子から降ろして布団まで移動させる作業もまた一苦労。


膝が痛いので、
曲げられないのだよね~。



私ひとりの力では
おばあちゃんを持ち上げられないので、そのへんを歩いていた見知らぬ男性を何度も呼び止めて、助けてもらったりしていた。



夜は特に最強に足を痛がり、悲鳴をあげていたので、
(家にいたときは平気だったらしいし、こんなに痛いのは初めてだったらしい。)



おばあちゃんの部屋で夜中もずっと付きっきりで、
着替えを手伝ったり、
トイレに連れていったりした。



宿泊施設の男性たちに頼んであって介護に来るっていう話を聞いていたのに


どーゆーわけだか
一向に来ないしむかっ(怒り)



おばあちゃんだって生身の人間なんだから、そりゃあイレギュラーにトイレも行きたくなるし、
洗面したいし体の状態だって分からないし、
時間通りにオートマチックには動けないよむかっ(怒り)むかっ(怒り)
気にならんのかえむかっ(怒り)むかっ(怒り)むかっ(怒り)



早朝5時の決められた時間にしか来なかったしむかっ(怒り)むかっ(怒り)むかっ(怒り)


なんでいち客の私が同じ場所に寝泊まりしてやってんのに、
ここの住み込みの男性たちは来ないのよーがまん顔がまん顔がまん顔むかっ(怒り)むかっ(怒り)むかっ(怒り)むかっ(怒り)



…と、文句も言いたくなったが、おばあちゃんが文句もワガママも言わず、足も痛くてたまらないのに一生懸命明るく話題を振り撒こうとしてくれていたので、私もその場を離れるわけには行かなかった。




夜中じゅうそんな調子で、
翌日もおばあちゃんに付きっきりだった。




そのとき感じたのは、
ああ、この世の中の大半の人達は、こんなにも足早に追い抜かしていき、ご老人や弱者に対して無関心だということ。




朝起きると、
おばあちゃんがトイレに行きたいけど立ち上がれなくて、痛さに悲鳴をあげていた。


近くにいたひとが、
そんな苦しみもがいているおばあちゃんと、起きたての私の顔を交互に伺って
『お願い…助けて冷や汗


と助けを求めてきた。



私は飛び起きて、
外から慌てて車椅子を引っ張り出してきて


『おばあちゃん手(パー)私に掴まって下さい手(パー)


と言い、肩に手をかけさせ、持ち上げようとした。
しかし…足の痛みと体重の重さで、なかなかうまいこといかない。



必死にもがいているとき、
ふと周りを見ると、
そこらへんにいる若者たちやオバサンたちが無関心そうに化粧をしたり、身支度を整えて、そそくさと出かけようとしていた。


かたや、私は起きぬけ。


パジャマだし、
髪ボサボサだし、
自分のことそっちのけ。



それでも、
なんとかしておばあちゃんを車椅子に乗せ、
トイレに連れていく。


しかしこのおばあちゃん、耳も遠いので、コミュニケーションもうまくとれず。


大声で叫んでわーわー会話をしながら、トイレでも足の痛がるおばあちゃんをどうにかこうにか必死で世話をした。



そんなときも、
とあるオバハンは自分は関係ないといった感じで、無関心に自分の洗面をするばかりか、
私の手伝いをしてくれてトイレまで付き添ってくれていた、現地で友達になった子に向かって、


『私ね、このおばあちゃんのお世話をするように住み込みの男性の方たちにちゃんと頼んであるのむかっ(怒り)むかっ(怒り)むかっ(怒り)私がね、昨日ちゃんとやってあげたのむかっ(怒り)むかっ(怒り)むかっ(怒り)むかっ(怒り)だからね、あなたは余計なことしないでちゃんと自分のことしてればいいのむかっ(怒り)むかっ(怒り)



と、怒鳴ってきたりもした。



……は??

実際目の前で困ってるのに、そんな程度にしか、他人の立場に立って物事を考えられないの??


あんたにとってこちらは目障りかもしれないが、
このおばあちゃんにとっては今、マニュアルや時間通りではない人手が必要なんだよむかっ(怒り)むかっ(怒り)むかっ(怒り)



…次言ってきたらこのオバハンにブチ切れたろうかと思いました。




その現地の友達が、
オバハンが怒ってきたことにすっかりビビってしまい、
またおばあちゃんの世話をすることで怒られたらどうしようとビクビクしていたので、



ありがとうほっとした顔手(パー)
大丈夫だよ、あとは私なんとかするし、オバハンめんどくさいし、自分のことやって大丈夫よるんるん
ありがとねぴかぴか(新しい)



と、言った。
大丈夫?聖美ちゃんが今度は怒られちゃうよ冷や汗あせあせ(飛び散る汗)と心配されたが、



いーよいーよ、
なんか言ってきたら怒鳴り返したるわむかっ(怒り)むかっ(怒り)むかっ(怒り)
だって何にも悪いことしてないし手(パー)
だから後は任せてわーい(嬉しい顔)晴れ




と言い返した。
聖美ちゃん男勝りやね~とか強いね~とか言われたが(笑)


オバハンの言うことは無視をして、おばあちゃんに付き添い、お世話をし続けていた。




(文字数オーバーになったので、次回に続きます。)
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[ 2011/05/24 09:53 ] 心のふるさと京都♪ | TB(0) | CM(0)

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